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『伊豆の踊り子』&『古都』

2020/10/21

那覇市にある名画座・桜坂劇場に吉永小百合さん主演の『伊豆の踊り子』を観に足を運びました。

1963年の作品というので57年前、私が生まれる以前です。

 

この作品では、宇野重吉扮する大学教授が自身の40年前、つまり学生時代(高橋英樹)を回想するという形式を採っています。

その賛否はよく分かりませんが、私には親近感が湧く設定のように思えます。

 

若いとき、とりわけ学生時の旅の道中での人との出会いは、それが強烈なものであれば、何十年経っても鮮明に記憶に残るものです。

たとえそれが映画のような恋心がなかったとしても。

 

 

私の場合は、20歳のとき、東京から初めて沖縄に渡った2週間の記憶。

 

片道50時間、往復100時間の船旅。

それはそれで忘れ難き体験でしたが、何より現地沖縄で出会い行動を共にした人たち。

 

降り立ったフェリーターミナルで知り合い、泊まる宿を一緒に予約し、数日間酒を飲んだOL2人組。

その安宿で知り合い、エイサー大会を見にコザに行った京都の芸術大学で日本画を学ぶ学生。

 

ある新聞記事がきっかけでどうしてもお会いしたかった、ひめゆり学徒隊で生き残った方。

その方のご自宅で偶然に知り合った沖縄の大学生(琉球大学と沖縄国際大学)。

 

それぞれの出来事も詳しく書きたい所ですが、キリがなくなりますので、別の機会に記したいと思います。

 

 

 

映画『伊豆の踊り子』に戻りますが、ラストシーンは叶わぬ恋愛、そして別れ。あまりにも当時の常識に乗っ取って。

 

どんでん返しや予想外の展開でなければ満足できない現代であれば、映画の興行としては難しかったかもしれません。

当時はまだ、のどかで純粋ないい時代だったのでしょうか。

 

 

川端文学の真骨頂

 

この映画と前後して『古都』を再読しました。

 

数年に一度、川端康成の小説を読みたくなります。

今ではなかなか触れることのできない日本語の美しさに魅了されるからでしょう。

 

あらすじだけで言えば、現代作家の作品の方が展開が速く、意外性に富んでいて、読み応えがあります。

一転して文体に話を移すと、川端文学で堪能できるレベルの日本語には滅多にお目に掛かれません。

 

そこに惹かれるのでしょう。

 

加えて『古都』では、女性が使う艶やかな京ことばに浸ることもできます。

「〜もろてるのやさかいに、よろしおす」

「〜ほめとおくれやすけど」 etc.

 

京の街の情景や四季の移ろいも、深く繊細に綴られています。

 

もはや、あらすじはどうでもよくなります。

あらすじはどうでもよくなるほど、流麗な筆致で描かれた美しい小説です。

 

 

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